【雑記ノート】(おまけコーナーを作成中!)

2014年3月2日日曜日

掌編小説集『呟きの中の物語 ――ツイート連作形式――』

掌編小説集『呟きの中の物語 ――ツイート連作形式――』
                            葵夏葉



 チャロ


 鈴の音が聴こえて少女はハッとした。
「この音は――」
 彼女が振り返ると、そこには首輪のついた知らないネコがいた。
「あぁ、やっぱり、違う。チャロは死んだから……」
 欲しいとせがんだ三年前の夏。
 かわいがった毎日。
 小さかったチャロは、いつしか大きくなったけれど……。

 思わぬ事故は少女を落胆させた。
 友だちとの会話も、勉強も、体育も、全てが嫌になっていた。
 そんなある日の午後、帰り道を変えると知らない店に出会った。
 よく見てみると、忘れていた、あの三年前の店である。
「あっ」
 少女は、ガラスケースの中で寝転がる子猫を見つけた。
「チャロ……」

 チャロを彷彿させる、白地に茶色の縦縞が入ったネコがいた。
 産毛はとうになく、ふさふさとした毛並みが、家にいた頃のチャロを思い出してしまう。
「ダメ……」
 少女はケースに背を向けてうつむいた。
 思わず目を閉じる。
 そこにはチャロがいた。
 しかし、もうチャロはいない。

 諦めて歩き出すと、後ろから「ニャオ――」と声が聴こえてきた。
 反射的に振り向いた彼女は涙を流しながら、ガラスケースに寄り添い、呟いた。
「チャロ……聴こえる? チャロ、わたしだよ?」
 子猫は彼女を見ながら、もう一度小さく鳴いた。
 笑ったような表情は、チャロそっくりだった。

 青い葉を揺らす夏の風は、少女の泣いている声を店内へ運んだのだろう。
 店内から女性の店員が様子を見に来た。
「あら、どうしたの?」
「チャロ……ううん、この子が、欲しいの」
 ――それから、少女に抱かれた子猫はだいぶ大きくなった。
 彼女が高校を卒業するまで、ずっと一緒だった。






  見習い魔女の特訓


 幼稚園の夏季ボランティアに見習い魔女が志願した。
 教室ではざわめきが起きる。
 口々に大丈夫なのかよと呟かれたが、いまどき、生き残りの魔女は変な目で見られて当然の時代なのだから、仕方がないのだろう。
 それでも「任せましたよ」と担任は微笑む。
 教室には元気のよい声が響いた。

 娘が帰ってくるなり、開口一番に「大丈夫なのか」と父は言う。
「なにが?」
「妙に元気のいいときは怪しい」
 勘のいい人だな、と彼女は思った。
「今度の夏休みね、幼稚園に行くの」
「なんのために」
「ボランティアよ、ボランティア」
 父は、ふ――ん、と言いながらも心配そうな顔だった。

 ボランティア当日、彼女は張り切って幼稚園へやってきた。
 照りつける日差しが眩しい。
 ひと通りの挨拶を終えて子供たちと交流する。
「え、おねえちゃんって魔女なの」
「そうだよ――」
 明らかに怪訝な目をされる。
 子供でも分かるのかな、と彼女は感じ、父の不安そうな顔を思い出した。

 子供たちの騒いでいる声の反響が、だんだんと自分から離れていく。
 遊ぼうと言っても無視をされる。
 素直な気持ちが子供たちに伝わらない。
 彼女は途方に暮れた。
 思っていた以上の反応の悪さに自然と足は部屋の隅へと進んでいく。
 すると、そこには絵を描いているひとりの女の子がいた。

「ひとりなの」と彼女が訊くと、少女は顔を上げずに「うん」と答えた。
 落書き帳には真っ黒になった絵が描かれている。
「寂しいね」
 彼女は自分の立場と照らし合わせる。
「ううん」
 少女は首を振った。
「どうして」
「絵をかくのは、たのしいから」
 自分の心に正直でいることを少女は知っていた。

「ねぇ、それ貸して」
 少女から絵を受け取り、その手を握る。
「どうするの」
「光の魔法を見せてあげる」
 彼女は少女を園庭の真ん中に連れていく。
「見ていてね」
 彼女は絵を空に高く投げ、呪文を唱える。
 それは実体を明かす白き魔法。
 みるみるうちに黒い絵は一色ずつ剥がれていく。

「わぁ……」
 少女は瞳を光らせた。
 そこには少女の塗り足した色という色が、黒い絵から分離して空中に浮かんでいく。
 黒は元もと鮮やかな色を足した色だった。
 正直なこと。
 素直な気持ちを伝えること。
 それを少女から教えてもらった彼女の光の魔法は、いつまでも園児らを魅了していた。





  夢列車


「あ、待って」
 夢の果てに向かう夢列車の汽笛は尾を引きながら、切符を買い逃した私にさよならを告げた。
 白煙は次第に小さくなる。
 途方に暮れた私は待合室の椅子に腰掛けた。
「アナタも、ですか」
「え、」
「僕も、なんです」
 彼は細身のネコだった。
「僕は切符を買える身分ではない」

 何度か夢を見たことがある。
 修学旅行のような夢の旅。
 そのときは、たくさんの人たちに囲まれていた。
 切符は誰かが用意してくれて、私はただ列車に乗るだけだった。
 でも、いまは違う。
 切符は買う必要があって、いつまでもひとりぼっち。
「あの、一緒に」
「ええ、行けたら、いいですね」


 遠くの山稜から吹いてくる葉を切るような冷たい風が、待合室の扉をがたがたと震わせる。
 窓の外には冬色の雑木林が荒れ騒ぎ、ほのかなストーブの灯りを揺らした。
「私がアナタの分まで切符を買うわ」
「それには及びません。僕には名案があるんです。……手伝ってくれますか」
「もちろん」

 厚い服を着込み、冬帽子を被ったネコは「では、明日の夜、汽車が出発する前に、ここに来てください」とお辞儀をしながら立ち去った。
 私はどこか見覚えのある彼の姿を見ながら、明日のことを考えていた。
 雪すさぶ駅舎。
 集合時間ぴったり。
「来ましたね。では、あの車掌車を使います」

「いまでは使われていないけど、十分に使えます」と彼は言いながら、駅の隅に放置されていた車掌車を列車のすぐ後ろまで移動させた。
「大丈夫、気付かれていないようです。ちょっと持っていてください」
「はい」
「連結ができれば――」
 まるで歯車が噛み合ったような音がした。
「よし」

 列車の汽笛が鳴る。出発の合図だ。
「中に入りましょう」
「ええ」
 彼の柔らかい手が私に触れた。
 そのまま扉を閉める。中は暗かった。
 外のかすかな音を探る。
 汽車が駅を離れたのを見計らい、車内灯を点けた。
 すると、彼の顔が目の前に浮かぶ。
「あ、」
「す、すみません」
「私こそ――」

 汽車の空吹かしも終わり、車輪がレールの上を通過する。
 沈黙のあと、彼はひとり言のように「廃車でも動いてくれてよかった」と言いながら、用意していた石炭をストーブの中に入れ、火吹き竹で火を熾す。
 私は座りながら彼の背中を見つめていた。
「昇り始めた」
「え、」
「夢の果てへ」

 車内は傾きながら、星空を昇る。
 汽車の白煙が窓をかすめた。
「あれは?」
「スチームです。暖房用の。ディーゼルですからね」
 ふわふわと白煙に交じる雪が夜空へ舞う。
 思わず雪に触れようと窓の枠に触れた。
 けれど、窓は開かない。
 なぜだろう。
 まだ夢の果てのサソリも見ていないのに。

 思うように動かない。
 柔らかい雪が目の前を通り過ぎる。
 倒れそうになる体を彼は支えてくれた。
「大丈夫ですか」
「うん。……それと思い出した。アナタのこと」
「え、」
「柔らかいその手、どこかで知っていると思った」
 汽笛が鳴る。二度目は別れ。
「また逢えるかな」
「それは――」

「きっと逢えます」
「本当に?」
 景色が薄れていく。
「本当です」
 その言葉はウソでも嬉しかった。
 窓の外には南十字星が輝いている。
 いつしか視界の外は透明になった。
 スズメの鳴き声が聴こえる。
 私は眠りから覚めて、ゴミ箱からぬいぐるみを取り出す。
 泣きながら、ごめんなさい、と。




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