【雑記ノート】(おまけコーナーを作成中!)

2014年9月28日日曜日

『色彩を求める教室』

『色彩を求める教室』    葵夏葉


 放課後の教室には誰も居ないようだった。
 ひとつだけ、窓の側の机には手紙が置かれている。
 水彩画で描かれたバラのような夕日は、机の上の手紙をじりじりと焼いていた。そのうえ、侵食具合は虫食いにあった古い書物のように露骨で、透明度の高い水面に黒のインクを垂らしたときのような存在感を、この手紙そのものが持っているようで、その見た目から連想することは、まさに色の喪失と誕生だった。
 どうして、こんなものが、こんなところに置いてあるのだろう。
 あふれ出る疑問と答えを導こうとする想いとが手紙の前で交差し、焼けつくような西日の加減を強めたようだった。
 こんなふうに、すでにある色という情報を絵から抜き取るとき、そのあとにはなにが残るのだろうか。
 ――そこに手を伸ばしながら。
 例えば、切り取られた景色は次第に動きを失いながら、元の姿を忘れてしまう。元もと存在していたはずのあるべき色が失われ、泳がない魚、揺れないタンポポなどのように静止画へなるのだろうか。
 想像だけを膨らませているうちに、目の前の手紙はモノクロに染まった。僕の瞳に映っているのは過去の色、まばたきをする度にまるで息を吐くかのように色を失う。けれども、それは同時に変色かもしれないのだから、なくなるという発想だけが喪失を生んでいた。
 モノクロの、白と黒との間に、灰色が現れる。
 時間が経つに連れて灰色になった、言わば灰色の手紙に吸い込まれそうになる。だが、その灰色さえも薄れていき、そうして教室全体がぎしぎしと歪み出した。灰色の手紙が透明な穴となり、そこにありとあらゆる色が吸い込まれているのだ。
 机や椅子、黒板、天井から床までもが吸い込まれる。
 剥がれた壁紙の裏からは灰色の壁が現れ、次第にそれはまるで色の殻がはがれるように透明になる。しかし、鉄さびがそれ以上の酸化を防ぐように、透明の層が教室全体をそれ以上の透明へすることを拒んでいた。
 灰色の手紙、透明な穴、剥がれる灰色、透明な壁。
 僕は吸い込まれそうになるのを必死に耐えながら、透明な穴に手を伸ばす。その中にまだあるであろう、手紙を開くために。
 見えない手紙を、蝶の羽を広げるようにして封を切る。
 すると、透明な穴から生きた色彩が飛び出してきた。どこか見覚えのある鮮やかな色という色が教室中に広がっていく。
 そうして、机も木肌の茶褐色を思い出し、黒板も自分の濃緑色に気付いた。そのあいだ、僕は教室が元に戻るのを見届けていた。
 この状況の原因である手紙もが、その元の姿を取り戻していた。
 しかし、なにか違和感がある。僕が周りのものに触れても、ぴくりとも動かない。まるで時間が静止したかのように、動かなくなる。教室は物音ひとつせず、ただそこにあるだけ。思わず声を出したが、それも聴こえない。耳があるのか、ないのかさえわからない感覚に戸惑いながら、僕は先ほどまで手紙を持っていた手を見る。
 しかし、そこには、なにもなかった。
 まるでそれ自身が透明でもあるかのように、色彩を失っていた。
 夕日に焼ける手紙、喪失する色彩、色を求める透明の穴、そして、手紙を開いた僕。
 手紙はなにを求めたのか。
 手紙を開いたときに出てきた鮮やかな色彩、あれは僕のカラフルだったのかもしれない。
 鮮やかな、けれども、静止した教室の中に僕も溶け込み、誰も居ない教室はまた手紙を読む人を待つことにしたようだった。

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